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名古屋高等裁判所 平成9年(ネ)694号 判決

控訴人

西川哲也

外四七名

右四八名訴訟代理人弁護士

村田正人

石坂俊雄

福井正明

伊藤誠基

被控訴人

志摩環境整備有限会社

右代表者代表取締役

生川芳子

右訴訟代理人弁護士

浅井得次

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が原判決別紙第一物件目録1ないし4記載の土地を産業廃棄物最終処分場(管理型)にすることを同意(承諾)する旨の控訴人らの同意(承諾)は無効であることを確認する。

三  被控訴人は、控訴人らに対し、原判決別紙同意書目録記載の同意書(承諾書)を返還せよ。

四  被控訴人は、控訴人らに対し、各五万円及びこれに対する平成七年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  事案の概要は、原判決の事実及び理由欄「第二 事案の概要」の摘示を、次のとおり付加・訂正のうえ、引用するほか、後記二の「当審における当事者の主張」のとおりである。

1  原判決一四頁一一行目の「各同意」から同一五頁五行目末尾までを次のとおり改める。

「各同意が無効であっても、本件産業廃棄物処理施設設置の許可要件が欠けるという法的関係にはないのであるから、無効確認判決によって許可申請手続が進行しなくなるとはいえず、確認判決が紛争の解決に必要かつ適切な方法とは言い難い。すなわち、本件指導要綱は、法律等の委任を受けて制定されたものではなく、あくまでも行政指導の一環にすぎないのであるから、三重県知事は行政指導の要件を満たしていないことの一事をもって許可申請を却下することはできないのである。

控訴人らが、本件同意が真意に基づかないものであるというのであれば、その旨を三重県知事に申述し、同知事において、これを独自に判断すれば足りるわけであって、本件無効確認訴訟の結果を持つ必要はないところである。」

2  同一八頁一一行目の冒頭に「1」を、同二〇頁九行目の次に行を改めて次のとおりそれぞれ加える。

「2 もともと、本件訴訟を提起するように住民側を指導したのは三重県側であり、控訴人らの同意が真意に基づくものでないことが判決によって公権的に確定したならば、被控訴人は同意取得のために説明会を開催しなければならず、そのうえで、控訴人らの真意に基づく同意を取得するという手続が必要となって、紛争の解決に役立つことは火を見るより明らかである。したがって、事前協議制度における同意問題が法律要件でないとしても、それが紛争解決に役立つ以上、訴えの利益は存するものである。」

二  当審における当事者の主張

(控訴人ら)

1 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)は、平成九年法律第八五号により改正され、右改正は平成一〇年六月一七日から施行されたが、右改正前の廃棄物処理法においては、住民の生活環境への影響調査、住民に対する情報公開、住民参加等の規定はいずれもなく、都道府県知事は、産業廃棄物処理施設の許可にあたって、生活環境への適正な配慮のあることを許可の要件とすることもできず、著しく不備な法律であった。しかし、右改正により、知事が積極的な行政の観点から申請を不許可とすることができるようになったと解され、その意味で同法一五条の許可は単なる警察許可ではありえないところである。

2 本件指導要綱は右改正法のもとでも存続するのであるが、同要綱では、産業廃棄物処理施設の設置許可申請に先立って、計画地を管轄する保健所長と事前協議を行うことが定められており、地域住民らの同意は事前協議を行うに際しての必須の要件の一つであるから、この同意がない限り、事前協議は終了せず、産業廃棄物処理施設の設置許可も下りないことになる。平成九年法律第八五号による改正によって、産業廃棄物処理施設の設置許可申請に際して、周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書面の添付が義務づけられ(廃棄物処理法一五条三項)、許可申請の告示があった後、生活環境の保全上関係がある市町村長からの意見聴取が義務づけられ(同法一五条五項)、許可要件として、その設置に関する計画及び維持管理に関する計画が周辺地域の生活環境の保全について適正な配慮がなされたものであることが追加された(同法一五条の二第一項二号)。したがって、都道府県知事は、周辺地域の生活環境の保全について適正な配慮がなされていないことを理由として、産業廃棄物処理施設の設置を許可しないことができることが明記されたが、本件同意書も、右改正法の下での許可申請問題として扱われることになる。そうすると、本件指導要綱は、行政指導であるが、現実には法令と同様の機能を営んでおり、右改正の趣旨に沿ったものであるから、十分尊重されるべきである。

3 したがって、本件同意が無効であるとすれば、被控訴人の産業廃棄物処理施設の事前協議は終了せず、許可も下りないことになるから、本件同意が無効かどうかを確定することは、紛争の解決に有効適切な方法である。三重県知事も、本件同意が無効かどうかは司法判断によって確定されることを希望しており、その判断に全面的に従うことを表明している。

4 よって、本件無効確認請求は、確認の利益が認められるのである。

(被控訴人)

1 平成九年法律第八五号による改正では、周辺地域の生活環境を調査し、その結果を申請書に添付し、これを公衆の縦覧に供すること、廃棄物処理施設の設置に関し保全上関係がある市町村の長からの意見聴取、利害関係者からの意見書の提出を追加し、許可基準をより厳格にしたものの、この改正により、この許可が警察許可でなくなったということはできない。また、改正法によって、許可の要件が厳格となったため、厚生省は各自治体に対し、住民同意条項をもつ指導要綱の廃止を指導しているところである。

2 なお、改正附則によれば、施行前の申請については従前の例によるとされており、本件同意書は、改正法施行前に申請されたものであるから、改正法の適用はない。

第三  当裁判所の判断

一  本件無効確認請求の訴えに確認の利益があるかどうかについて判断する。

1  確認の訴えは、具体的な権利又は法律関係を対象とし、かつ、それを確定することが現在の法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合に、確認の利益が認められるものである。

2  甲七号証、乙一一号証及び当審における証人辻川照之の証言によれば、本件指導要綱においては、処理事業者が廃棄物処理法による産業廃棄物処理施設の設置許可申請を行うに先立って、施設計画地を管轄する保健所長と事前協議をすることが義務づけられており、事前協議の申請をするためには、施設計画地の隣接地の土地所有者全員及び関係地域住民の一定割合以上の者から同意書又は承諾書を得なければならない旨規定されており、右同意書又は承諾書の提出がない限り、事前協議は開始されず、産業廃棄物処理施設の設置許可も行われないことが認められる。また、当審における証人辻川照之の証言によれば、被控訴人が提出した本件同意書について、その有効性が争いになっているが、三重県知事としては、平成九年法律第八五号による法改正後においても、本件指導要綱に基づき手続を進める方針であり、本件同意書が無効か否かについて裁判所の判断を希望しており、裁判所の判断には全面的に従う意向であることが認められる。

一方、廃棄物処理法においては、産業廃棄物処理施設の設置許可要件として、付近住民の同意又は承諾を得ることは要件として規定されておらず(平成九年法律第八五号による改正前においては同法一五条二項、現行法においては同法一五条の二第一項)、本件指導要綱は、法令又は条例の委任を受けて規定されたものではなく、法的には行政指導として行われているにすぎない。

3  そうすると、本件同意書は、本件指導要綱において定めている事前協議の開始要件とされているにすぎず、産業廃棄物処理施設設置の法律上の許可要件となっているものではないから、本件同意の有無によって、又はこれを前提として、控訴人ら及び被控訴人に何らかの具体的な権利関係が発生するものではなく、したがって、本件無効確認請求の訴えは、具体的な権利又は法律関係を対象としたものとはいえない。

4  また、本件無効確認請求の訴えは、それを確定することが現在の法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合にも該当しない。

すなわち、本件訴訟における当事者双方の主張によれば、控訴人らが本件無効確認請求の訴えを提起した背景となっている控訴人らと被控訴人との間の現在の法律上の紛争とは、被控訴人が本件計画地に設置を計画している産業廃棄物処理施設の設置が許可されるかどうかであり、具体的には、右施設の設置によって控訴人らの財産権、生活環境権、人格権等の権利が侵害されるかどうかであることが認められる。ところで、控訴人らの同意は産業廃棄物処理施設の設置許可要件ではないから、本件無効確認請求が認められ、本件同意が無効であることが確定されたとしても、被控訴人が本件指導要綱に従う意思がないことを表明した場合には、三重県知事としては、被控訴人の産業廃棄物処理施設について、廃棄物処理法に定める許可要件を満たしているかどうかを審査したうえ、申請を許可するかどうかを判断しなければならない(行政手続法第四章の各規定)。そして、本件において、被控訴人が本件指導要綱に従う意思がないことを表明する可能性が皆無であると認められる証拠はないのであるから、許可処分がなされた場合には、控訴人らが財産権、生活環境権、人格権等を侵害されるとして、被控訴人に対して、産業廃棄物処理施設の建設差し止めを求めて民事訴訟の提起又は保全処分の申請をすることが可能であるし、逆に却下処分がなされた場合には、被控訴人が却下処分の取り消しを求める行政訴訟を提起することが可能である。したがって、本件同意が無効であることが確定されたとしても、現在の法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決にはならないのである。

5  この点につき、控訴人らは、被控訴人が改めて控訴人らから同意又は承諾を得ない限り、産業廃棄物処理施設についての事前協議は終了しないから、その余の点についての審査を経るまでもなく、右施設の設置許可も行われないことになるし、本件同意が無効であることが確定した場合には、被控訴人があらためて同意を取り直さない限り、事前協議手続は事実上停止し、被控訴人が右施設を設置することは現実的には不可能になるから、紛争の直接かつ抜本的な解決になると主張する。確かに、三重県知事が、被控訴人において本件指導要綱に従う意思がないことを表明した後も、被控訴人に対し、本件指導要綱に従うことを要請して、被控訴人の産業廃棄物処理施設の設置許可申請を受理せず、又は処分の留保を続ければ、控訴人らの主張するような結果になるかもしれず、そうすると、被控訴人の事業の進行、これを危惧して同意の無効を主張する控訴人らの立場に事実上大きな影響があることは否定できない。しかし、知事による右のような扱いは、法的には必ずしも正当な処理とはいえないのであるから、それを前提として、確認の利益の有無を判断するのは相当でない(勿論、産業廃棄物処理施設の設置許可につき、法の要求を超えて近隣住民の同意を事前協議の要件としようとする地方公共団体ないしはその首長の政策の当否について、当裁判所として論及するつもりはないが、訴えの利益の要件の存否を検討するについては、右住民の同意が法的にどのように位置づけられるのか、いわゆる行政指導と制定法との関係についての判断を回避することはできないところである。)。

なお、控訴人らは、平成九年法律第八五号による改正を踏まえて、産業廃棄物処理施設の設置許可は、講学上の警察許可ではなく、積極行政の一環として裁量行為であると主張するが、本件許可申請については、右改正法の附則五条により、改正前の法によることになっており、この点の控訴人らの主張は採用できない。

6  よって、本件無効確認の訴えは、確認の利益がなく不適法である。

二  本件無効確認請求の訴えを除く控訴人らの本訴請求については、当裁判所も、理由がないからこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決の事実及び理由欄「第三 当裁判所の判断」のうちの原判決二六頁八行目冒頭から同三五頁一一行目末尾までの説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二七頁三行目冒頭に(一)を加え、同二八頁二行目冒頭から同二九頁一〇行目末尾までを次のとおり改める。

「(二) ところで、乙一二号証の一ないし二四、乙一六、乙一七号証、原審における証人生川信夫の証言及び当審における証人辻川照之の証言によれば、以下の事実が認められる。

被控訴人の実質的代表者である生川信夫(以下「生川」という。)は、平成五年五月末日ころ、上久具区長である中村永次郎に対し、本件計画地に安定型(雨水がかかっても環境汚染を引き起こすおそれがない廃棄物のみを扱うもの。)の産業廃棄物処理施設を設置することを説明して、承諾書に署名押印してもらったが、その後管理型(雨水がかかることによって環境汚染を引き起こすおそれがある廃棄物も扱うもの。排水処理施設が必要となる。)の産業廃棄物処理施設を設置することに変更したため、同年六月下旬ころ、中村永次郎に対し、改めて管理型に変更する旨を説明して承諾書に署名押印してもらった。生川としては、区長が地区住民に対する説明会を招集してくれると思っていたが、区長が招集してくれなかったため、地区住民を個々に訪問して承諾書への署名押印を求めることになった。そこで、生川は、平成五年六月末日ころから同年七月初めまでの数日間に、数十軒の家を主として夕方から夜間にかけて訪問し、承諾書への署名押印を求めたが、その際、計画地の敷地境界から約一〇メートル以内の隣地所有者に対しては、『当該物件所在地が産業廃棄物安定型、管理型、の最終処分場にする事を同意致します。』と記載のある一枚の承諾書に個別に署名押印してもらい、その他の地区住民に対しては、『下記表示の土地を産業廃棄物安定型、管理型、の最終処分場にする事を承諾致します。』と記載され、承諾者として区長の署名押印がある承諾書に、住民氏名のみを記載する署名押印用紙をホッチキスで綴じた書類に署名押印してもらった。その結果、生川は、隣地所有者全員から同意書への署名押印を得ることができ、大部分の住民から承諾書への署名押印を得ることができた。一週間後に、上久具地区の隣の田間地区において、区民に対する説明会が開催され、生川は、本件計画地に設置を計画している産業廃棄物処理場について説明したが、その場で様々な質問が出て、同地区民の承諾書への署名押印を得ることができなかった。

(三) そこで、右(一)の各供述の信用性について検討する。

仮に、生川の供述するように安定型及び管理型の廃棄物の具体例を挙げて丁寧に説明するとすれば、安定型及び管理型という用語が一般的にあまり知られていないために、どのような廃棄物が含まれ、本件計画地に従前捨てられていた建築廃材等とどのように違うのかについて質問が出ることも予想される。そのような質問に答えてさらに詳しい説明をしていると、田間地区での説明会のように疑問を持たれて同意してもらえない可能性があるほか、一棟当たりの説明に時間を要して短期間に多数の住民宅を訪問して承諾書に署名押印してもらうことが困難になるおそれもあるにもかかわらず、控訴人らからは格別難渋することもなく、それぞれに署名押印のある同意書を取得していること、生川としては、相手から質問がない限り、できるだけ簡単な説明で終わらせたいと考えるのが自然であるし、連名式の承諾書の場合は、区長の署名押印があり、かつ既に若干の住民が署名押印した段階になれば、その後の訪問先においては、詳しい説明をしなくても、右署名押印を見せるだけで、容易に署名押印に応じてくれるのが通常であること、これらのことからすると、全ての控訴人らに対して丁寧な説明をした旨の生川の供述は直ちに信用できない。

もっとも、甲二一、二二、三三及び四八号証によれば、生川は、控訴人らの一部の者に対して、質問に答える形などで、投棄する廃棄物の内容を一部具体的に説明していることも認められるから、全ての控訴人らが、従前の建築廃材等と同じ物を埋め立てるとしか説明を受けていないとは認められないところである。

(四) 以上によれば、控訴人らの大部分は、投棄される廃棄物について具体的な説明を受けないまま、承諾書に署名押印したものと認められる。」

2  同三〇頁二行目の「証人尋問結果」を「証言」と改め、同三一頁九行目の「乙七号証の一ないし四」の次に「乙九号証」を、同一一行目の「計画面積は」の次に「道路用地とする土地を分筆した後の」をそれぞれ加える。

3  同三四頁一〇行目冒頭から同三五頁一行目末尾までを次のとおり改める。

「5 以上によれば、生川が控訴人らから本件同意書を取得するにあたっては、大部分の者に対して廃棄物の内容について十分な説明がなされておらず、本件同意書の取得過程には問題があるといわなければならない。

しかし、生川は産業廃棄物処理場を設置すること自体を隠したわけではないことは勿論、その説明が十分でなかったというものであるから、この点は、同意の効力を当然に否定しなければならない程の重大な手続上の瑕疵であるとはいえないし、控訴人らも、生川に対して詳しい説明を求めることができたにもかかわらず、そのようなことをしていないのである。また、前記一のとおり、本件同意書は、本件指導要綱における事前協議に際して必要とされているものにすぎず、被控訴人の産業廃棄物処理場の設置要件とされているものではないから、法的には、本件同意書の存在によって右設置が許可されるものではないし、控訴人らが右施設の建設を差し止める権利が消滅するものでもない。

そうすると、生川が十分な説明をしないで控訴人らから本件同意書を取得したからといって、そのために被控訴人が控訴人らに対し、不法行為による損害賠償責任を負うとまでいうことはできない。」

三  よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮本増 裁判官野田弘明 裁判官永野圧彦)

別紙控訴人目録〈省略〉

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